しかしあれだな、catnose先生というのは本当に天才なんだなと思う。Youtubeに出てたので仕事中に耳だけで聞いていたが、多産小死のプロダクト開発。8割が当たっていると聞いて、藤沢数希が唱えていた天才の定義を思い出した。そこでいう天才の定義とは「頭の中で高精度のシミュレーションを大量に行える人間」と述べていた。要は、失敗から学ぶというよりも、頭の中でのシミュレーションを生み出すエミュレータがとんでもねえや。こういう人をな、絶対にロールモデルにしちゃいけない。天才をロールモデルにした途端に、凡人は死ぬ。天才の真似をする凡人というのは、痛くてシャバイ。し結果もついてこない。カスになるだけ。彼の思想を学びとしつつ、自分は自分のやりかたを崩さない。
彼の口ぶりからは、まぁもう成功したと言えるくらいの余裕が滲み出ていたな。ガツガツしていない。「そうそう」が口癖の35歳。インタビュアーも上手だった。ただcatnose先生の背景を知らなさすぎる。WordPressテーマと聞けばsangoだとわかるし、webメディアはサルワカだし、個人ブログはliteraryだ。いやどんだけ知ってるねんおれ。成功している人の情報を集めたところで、自分自身が成功するわけではない。 – トーマス・エジソン
今俺ができることは、コードを書いてデザインにこだわって、良いものを生み出すだけ。それしかない。そこに賭ける。やり続ける。成功するまで。この鼻息荒さが必要だ。これがなくなったら生き甲斐が失われるだけ。
別に、勤め人を続けること自体に猛烈な拒否感はない。ただ個人開発ができないという不満くらいで、やろうと思ったら人に紛れて仕事ができるタイプ。だったらこれを活かす。長期で売り上げがなくてもサラリーマンの給料でにゃんとかなる。
しかしだ、40歳で金を持ってもしかたないという問題も現実的にはある。もう直ぐ30歳なので、今手掛けているプロダクトがもうひと跳ねしないと裕福に近づくのは難しいかもしれん。それでも結構。まだ10年ある。10年後だってまだ39歳。やり続けたらいつか報われる。この敬虔な資本主義者を貨幣という神は放っておかない。やりつづければだいじょうび。逃げなければだいじょうび。
