知識は人生を豊かにする

仕事や旅行で知らない土地に行くと、「この辺りはスーパーが多いな」と思うことがある。「この辺りはおそらく住民が多いんだろう」と考えが続くことが多い。

 

事実をもとに仮定を立てることは誰しも経験する。そして、立てる仮定の精度は知っている知識に依存する。

 

『地理学で読み解く流通と消費』に、地域の広さと商圏の半径が書かれてあった。人口が少ない地域だと、大体7km圏が商圏となるらしい。

スーパーが乱立していることはよく目にするが、隣同士で立っていることは少ない。それは、お互いの商圏(7km)を意識して出店しているからだろう。

 

知識は人生を豊かにする。小売の出店戦略・モデルを知っていると、街を歩くだけで新たな発見や仮説・仮定の検証を自動的に脳が弾く。そして、仮説通りだと「面白い」と感じる脳の報酬系が作用する。

 

知的好奇心の強弱は、その人がいかに物事を知らないかを知っていることが要因となる。世の中には情報やそれが体系化された知識が豊富に溢れている。人間一人の人生ではインプットしきれない量だ。

そしてそれは、知識を入れ始めてようやく自分がどれほど知らないかを知れる。自分がどれほど知らないかを知ることは、脳に知らない=恐怖に似たものを感じる作りになっているため、ギャップを埋めようと知識を欲する(知的好奇心の向上)

 

つまり、知的好奇心とは、知らないことがあるだけでは足りず、知らないことがあると知っていることがキーになる。

 

知識は人生を豊かにする。それは、知識そのもので世の中の成り立ち・仕組みを考えられる面白さと、知らないことが山ほどあると知り、そのギャップを残りの人生で少しでも埋めていきたいというインセンティブが働くから。それに、不安を少しは和らげてくれる。

 

 

知識格差は知識を欲する人と遠ざける人で加速度的に広がる。知識は複利性があるから。物事の1%を知ると、次に知る時は1%が複利的に重なる。

 

知識を入れている流れが作れているかは日常を生きる中でふと立ち止まって考えるのが良いだろう。

とはいえ、ふと立ち止まるとは意識をする、くらいの対処法でしかない。だから、対処法を考えるのではなく、自分を知り自分を動かせるようにするべきだ。

 

人生の軸

人生とは暇つぶしである。この世は全てマリオのコースみたいなもの。タイムアタックをする楽しさもあるし、ノコノコやカメックなどの敵キャラクターを避けながらクリアするだけで面白いと感じる人もいる。

 

そんな暇つぶしでしかない人生は、面白いと思えた出来事をいかに増やすかを軸にしたい。

考えてみれば、俺はこれまで面白い生き方がしたくてもがいているうちに起業に行き着いた。

ただ、最近気づいたことがある。楽しいと面白いは似ているようで結構違う。楽しいとは、自分が幸福と感じることを最大化すること。一方で、面白いとは、楽しいことも、そして辛いこともひっくるめて面白いと感じること。

牛乳をこぼした時に、楽しいとは感じない。けれども、牛乳のこぼれた水たまりが変な形をしているだとか、臭くなりそう、臭くなったら新しい消臭剤を買おう、ひいてはその失敗があったから匂いに気をつけるようになるかもしれない。

楽しい人生というより、面白い人生を目指した方が、失敗ですら面白いと思えれる。

 

そして、俺にとっての面白いは、クラブにいってナンパすることではなく、ストリートで女に声をかけて、周りの目を気にしながらもハイの状態になり、かつ見た目だけでなく話術も駆使して股を開かせる方が面白かった。

知識を入れて、世の中の見え方が1か月前と変わっているという実感が、何にも変え難い面白さだった。

 

夢を単なる夢ではなく、夢を描いた後は地道に進めることが面白いと思う。

 

楽しいではなく面白いを追求するスタンスで生きていくことが俺にとってはしっくりくる。